ここで一枚の写真を紹介します。これはネパールの僧院で、一緒に旅をしていた友人が撮ったものですが、僕はこのご婦人方たちを見るたびに「歩くというのはこんなにも優雅なものなのか」と感心してしまいます。特に中央の女性の美しさは、日本に人口百万の都市がいくつあるにせよ、なかなか街角でお目にかかれるものではありません。それぐらいに人間が目指すべき歩き方の完成型のひとつだと、私は思います。以下は少し難しい話になるかもしれませんが、興味のある方は読んでみてください。
歩きのメカニズム
ただ立っているところから、足首の関節だけ曲げて体を前に倒していくと、そのまま倒れたくはないからある瞬間に片脚が出る。このとき、倒れかかるときに脚の後ろ側の筋肉が伸ばされた後に自然と縮もうとする伸張反射が手伝って（踵をきちんと残しておくことが必須）、膝から前に出るだろう。
また、出た脚はあくまで体を支えるために出たのだから、つっかえ棒としてではなく、膝のクッションをうまく使って体を支えようとしているはずだ。逆に、前に出さなかったほうの脚は、後ろに爪先が残っている局面においてまで、脚の前側が伸ばされることになる。さらに、大腿骨の上端内側から骨盤の中を通り抜けて全ての腰椎の本体部分に繋がる大腰筋までが伸ばされることになる。
大腰筋（右側のみ図示）
ではこの先の動きを一緒に考えていくとしよう。
いま、腰椎は、引き伸ばされた大腰筋によって左向きの回旋を強いられている（大腰筋は腰椎本体の斜め前あたりに付いてることを図で見てください）。しかしこの回旋というのもたやすく得られるものではない。
後ろに残った足の踵が居着くことによって作られる足裏の指のアーチが爪先を地面から押し離す動きを生む。これがさらに腿裏の大腿二頭筋の伸張反射を促し、脚の後ろ側からは前に押し出そうという力が、前側からは伸ばされた大腰筋が縮んで戻ろうとする引っ張りの力と、それに協力しようとする大腿四頭筋の参加もあって、脚は前に送られていくのだ。
そしてまた腰椎の回旋の話に戻るとする。前述の腿裏の大腿二頭筋は、深部の筋膜連鎖の一部であり、それは仙結節靭帯や腹横筋、多裂筋、回旋筋などを含むものである。この深部の層は脊椎を安定させるものであり、またこの写真の瞬間においてかなり活動しているといえる。爪先が地面を押し離そうとする時、大腿二頭筋は収縮し、仙結節靭帯の緊張が仙骨をぐいっと下方に引っ張る。その結果、引き伸ばされた深部の腰背筋膜が、腰椎を安定させるための腹横筋を活性化させ、そのつながりが多裂筋や回旋筋に脊椎を回旋させることを許す。
このように回旋することを許された脊椎は、上方に情報を伝えていくことになるのだが、脊椎の前カーブと後ろカーブが機能的に入れ替わるべき理想の変換ポイントが、胸椎の八、九番にある。ここで回旋のカウンターが起こるために、腕と脚は左右逆に出るという現象が起こりえるのだ。いかしこれは必ず必要な動きではない。必要なのは腕は決して振るのではなく、「振られる」状態にあるということだ。ご覧のご婦人方も決して腕を「振っている」風情ではないことがわかるだろう。
皆さんが日頃欠かさず行っている「歩く」という行為ひとつとって考えてみても、いくらでも掘り下げていくことができることがおわかり頂ければ、幸いです。このような理想の歩きを身につければ、その他の動きに関しても一を聞き十を知るという境地に近づくでしょう。決して容易く得られる動き、感覚ではありませんが、ロルフィングのようなボディワークは大きな助けになることでしょう。
参考文献：The Functional Rationale of the Recipe / by Monica Caspari,Certified Advanced Rolfer
